「そろそろやね」
時計を見て、あの人の帰宅時間を確認する。
ここまで落ちてまうと、ストーカーみたいやな…
そんなアホなことを考えながらエレベーターを降りる。
「寒っ…日ぃ落ちただけでこない寒なるなんて、もう冬やろか」
薄着で来たことを、やや後悔しつつ、駅前から続く道へ視線を向ける。
すると薄手のコートを着た小さな身体が、やけに頼りなく歩いてくるのが見えた。
「…さん?」
ここ最近、飲み会が続いていると言うとったけど、今日は飲みすぎたんやろか。
危なっかしい足取りに待っていられなくなり、彼女の方へ踏み出した瞬間、その身体が地面に向かって倒れかけた。
「あ…」
「危なっかしいなぁ」
「…土岐、くん」
こない慌てて走ったりするん、自分のキャラやないんやけど…彼女に怪我がのうて良かったわ。
「こんばんは、今お帰りですか?さん」
「うん、今帰り…」
なんとか言葉を紡ぐ彼女の口からは、いつも以上に酒の香りが漂っている。
自ら飲んだのか、飲まされたのか…まぁ、きっと後者やろな。
「うわ…随分飲んではるんですね」
「…そう?」
微かに首を揺らした瞬間、ほんの僅かに香る彼女の香水。
普段なら、誘われてまうような香りが、今日はアルコールに負けてしまって、残念だ。
「普段やったら、ええ感じにラストノートが香っとる頃なのに、今日はお酒に混じって…残念な感じになっとります」
「らすと…え?」
こない可愛らしい人がひとりで歩いとったら、カモがネギを背負うどころか、鍋まで持ち歩いているようなものだ。
よく、ここまで無事に帰って来たものだと感心する。
「…送りま…いえ、送らせて貰いますわ」
傾いていた身体を支え、自販機に向かって歩く。
「お茶でええです?」
「ん…」
せめてもう少しほろ酔い気分であれば、適当に言いくるめて部屋になだれ込むことも出来るのだが、引きずられるようになっている彼女の様子を見れば、今日のところは素直に送り届けるしかあるまい。
「しっかり持っとってください」
「…うん」
お茶をしっかり持ったのを確認すると、彼女が持っていたバッグを腕にかけ、そのまま抱き上げる。
なんの抵抗もなしに、言うがまま、されるがままになっている彼女に、ぽろりと本音が洩れた。
「ずるいなぁ…酒で酔わされるとこない素直になるなんて…このまま持ち帰ってまおか」
ついさっき、家に送り届けると決めたくせに、決心が揺らぎそうだ。
それから他愛無い会話をしながら、エレベーターを待っていると、腕の中で彼女の瞼が静かに閉じかけた。
「さん、寝たらあかん」
「……ん」
「鍵開けて貰わな」
「…ん〜…」
寝惚けているような状態だが、なんとかポケットの中から鍵を取り出してくれた。
礼を言って、それを受取ると、安堵したように彼女が再び目を閉じた。
このままじゃ、ほんまに寝てまう。
自分の中で理性と欲望が、微妙なバランスで揺らいどる状態で、眠られたら堪らん。
「もう少しやから、頑張って」
「んー…」
「あかん、ほんまに寝そうや」
彼女の家の前に付き、少々乱暴な仕草で自分の方へ身体を寄せて、手にしていた鍵でドアを開ける。
背で扉を支え、家の中へ身体を滑り込ませると、なんとか彼女を玄関先へ下ろすことに成功した。
さっきまで寒いと思っていた身体は、急激な運動のおかげで血流がよくなり、額から汗が零れ、頬を流れていく。
自由になった両手で、ぐいっとそれを拭うが、乱れた呼吸が整うにはまだ時間がかかりそうだ。
「…はぁ……はぁ…」
らしくない…そう思いながらも、彼女の脇に手をついて、呼吸を整えたらこの場を去ろうと決めたのに、ほんの僅かなきっかけが、その意志を崩壊させる。
「土岐、くん…?」
いつもの明るく元気な声ではない。
まるで、ベッドの中でこれから互いを求め合おうとするかのような…吐息交じりの、熱く、甘い声。
「そない…無防備に、…呼ばんで…」
胸が、締め付けられる。
あかん…まだ、早い
今のこの人に、手ぇ出したら…あかん
堪えるよう目ぇを細めて、視界を狭めても…蕩けた顔と、僅かに小首を傾げた瞬間に見えた白い首筋に、全てがどうでも良くなった。
「…ご褒美に、もろてきます」
そう、これは…彼女を送り届けた、褒美だ。
色々理由をつけたがる自分の脳へ、免罪符のようにそれを押し付けると、俺は求めるがままに彼女の唇を奪った。
「ふっ」
触れるだけで…なんて、生易しいことは言わない。
呼吸のため開いていた隙間から舌を滑り込ませ、柔らかな舌を吸い上げる。
「っん」
合間に洩れる息が、鼻にかかる声が…そして、互いの舌が絡まることにより伝わるアルコールが、俺を酔わせる。
腕を掴んでいた手が、ぱたりと落ちると、自由になった自分の手が、彼女の身体を探ろうと伸びる。
――― それは、あかん…
自分の中に、そんな理性が残っていることに感心し、手を動かさんよう彼女をしっかり抱きしめる。
それは自然と、キスをより深くするものへとなり、貪るように咥内を辿った。
熱が下腹部へ集まりだしたのに気づき、決死の思いで彼女の両肩を掴むと、そのまま壁へ押し付けた。
「ふ…はぁ…」
肩で息をし、これ以上己の欲望が暴走しないよう、彼女の肩を掴む事によって耐える。
「…ぁ…」
目を閉じていても、僅かに洩れる彼女の声や吐息が、俺を狂わせる。
それら全てを堪えるよう、まるで呪文のように囁いてから、額へキスを落として立ち上がった。
扉を開けて閉める…という行動すら、難しい己の状態に苛立ちながら、なんとか外へ出たが、それが限界だったようで、扉一枚挟んだ向こうに、まだ彼女がいるというのに、その場へへたり込んだ。
「あ〜〜〜………」
苛立たしげに髪をかき、今にも爆発しそうなものをなんとか静めようと試みる。
「抱いてまいたい…」
本音をポロリと口にすると、冷たい風がそれを静めるよう頬を撫でた。
――― 今度は褒美やのうて、ちゃんとキスしよな
あれは本音だ。
シラフで、キスをして…抱きたい。
けれど、今、ぽろりと口から零れた言葉も…素直な気持ちだ。
「なんで俺、こないええ子になっとるん」
はぁ…と大きなため息をつくと、ポケットの中で携帯が震えた。
「あぁもう…気持ちええやんか」
熱を集めたものが、その振動にすら反応してしまうことが腹立たしい。
ポケットから取り出し、着信も見ずに電源を落とす。
「…酔いが醒めるまで、待ってや」
女慣れしてても、本気の相手だからこそ…みたいな。
蓬生の理性がこんなにあるかどうかしらないが…良く頑張ったね、と言いたい。
ちなみに携帯の相手は千秋です。
その他色々……深読みしてください!想像力にチャレンジ!(笑)
2010/11/07